主要論文

研究の性格がよく見える論文を、要点と図で紹介します。

単著・共著の論文から、仕事の性格がよく見えるものを選んで紹介します。貫いているのは、時間をひとつの流れとしてではなく、複数の時間スケールの重なりとして扱う枠組み(マルチ時間スケール、MTS)です。ベルクソン研究を出発点に、認知科学とAI、時間の形而上学、記憶の哲学へ。テキスト解釈にとどまらず、現代の理論構築に持ち込むところまでを仕事の範囲にしています。

ベルクソン哲学における時間スケールの三つの軸(Figure 5) 図版:Taniguchi et al. 2025, Figure 5(CC BY 4.0)

2025・Artificial Life 31(4) 共著 Open Access

System 0/1/2/3: Quad-Process Theory for Multitimescale Embodied Collective Cognitive Systems

システム0/1/2/3——マルチ時間スケールの身体的・集合的認知システムのための四重過程理論。谷口忠大ほか、AI・ロボティクス研究者との共著

  • 認知科学では、人の思考は速い直観(システム1)と遅い熟慮(システム2)の二重過程で説明されてきた。本論文はその下に身体と物質環境の過程(システム0)を、上に社会・文化の集合的過程(システム3)を加えた、四重過程の理論を提案する。
  • この拡張を支える理論的土台が、ベルクソンの時間哲学のマルチ時間スケール(MTS)解釈。持続の階層性を、認知システムの設計図として読み替える(Figure 5)。
  • その結果、物理の振る舞いから、習慣、熟慮、さらに規範や制度といった社会的な現象までを、異なる時間階層の挙動として一望できるようになる。
  • 哲学史研究が、現代のAI・認知科学の理論構築にそのまま持ち込まれた共同作業。

運動の速さと二つの時間の速さ(TQTS・FQTS)の区別

2024・Síntese: Revista de Filosofia 51(160) 単著 Open Access

Does Time Have a Speed? Time Qualia and Bergson’s Durée

時間に速さはあるか——時間クオリアとベルクソンの持続

  • 時間の哲学では、時間そのものの速さを問うことは無意味だとされてきた。時間は1秒につき1秒進むとしか言いようがない、という理由からである。本論文はこの前提を正面から問い直す。
  • 計測(M)と経験(Q)を、共通の入力を異なる判別空間へ写す二つの操作として区別し、計測される量に還元されない時間経験の質的成分を、時間クオリアとして定式化する。
  • そのうえで「時間が経つのが速い」の二つの意味を切り分ける。経過した間隔の見積もりと計測のズレ(TQTS)と、進行中の流れそのものの速さ(FQTS)。後者から、運動の速さと時間の速さは別々の二つのものではないという帰結が導かれ、ベルクソンの持続の多元論が現代の時間論で使える道具になる。

過去概念の二成分と獲得・喪失の非対称性

2025・Asian Journal of Philosophy 4(2) 単著

Memory as the Origin of the Past: A Developmental and Conceptual Refinement of the Dependency Thesis

過去のオリジンとしての記憶——依存テーゼの発達的・概念的精緻化

  • 昨日や去年といった過去の観念を、われわれはどこから手に入れたのか。エピソード記憶こそがその起源だとする依存テーゼをめぐっては、健忘症の事例などを根拠にした反論が重ねられてきた。
  • 本論文は、テーゼを一枚岩のまま守るのではなく、成分に分けるアプローチをとる。過去性の概念を、経験に由来する成分とそれ以外の成分のハイブリッドとして分析し、どの成分がどの発達段階で獲得されるのかを切り分ける。
  • この分解によって、既存の反例はそれぞれ別の成分・別の段階に向けられたものであり、テーゼの核心には届いていないことが示される。
  • 記憶の形而上学と発達心理学の知見を突き合わせる、英語圏の記憶の哲学の最前線への寄与。