主要論文

研究の性格がよく見える論文を、要点と図で紹介します。

単著・共著の論文から、仕事の性格がよく見えるものを選んで紹介します。貫いているのは、時間をひとつの流れとしてではなく、複数の時間スケールの重なりとして扱う枠組み(マルチ時間スケール、MTS)です。ベルクソン研究を出発点に、認知科学とAI、時間の形而上学、記憶の哲学へ。テキスト解釈にとどまらず、現代の理論構築に持ち込むところまでを仕事の範囲にしています。

2025・Continental Philosophy Review 58(2) 単著

Is Bergsonian Freedom Not Deterministic?: Comments on Moravec’s Henri Bergson and the Philosophy of Religion

ベルクソン的自由は非決定論的ではないのか——モラヴェック『アンリ・ベルクソンと宗教哲学』へのコメント論文

決定論から予見可能性を引きはがす——概念的な切除
  • ベルクソンの自由論は、決定論/非決定論の二分法そのものを退けるもの、あるいは漠然と非決定論に与するものと読まれてきた。モラヴェックの著書に応答するこの小論は、そのどちらでもない第三の読み——まったく別の意味での決定論——の可能性を開く。
  • 論拠の一つめ。深層自我に根ざした自由な行為は有形の理由を欠くが、それは無理由の偶然ではない。人格の全体、過去経験の総体という、より強い理由に支えられている。理由の不在こそ最良の理由と言い換えられるゆえんである。
  • 二つめ。『時間と自由』の予見可能性批判が壊しているのは、決定論のコア主張ではなく、予見可能性を支える二つの外在性の仮定——行為に先立つ時点から知るという時間的外在性と、行為者ではない他者が知るという人称的外在性——である。二つを壊せば予見不可能とは言えるが、それは決定論そのものの否定ではない。
  • つまりベルクソンが行っているのは、決定論から予見可能性という副次的主張を引きはがす概念的な切除であり、全条件が一つの行為を決定するというコア主張は批判をくぐり抜けてそのまま残る。分析系のベルクソン研究との対話から、この未提出の問いを取り出す書評論文。

2025・Artnodes 36 共著 Open Access

Transforming Memory Landscapes: An Expanded Bergsonian Approach to Temporal Structure in Media Art Experiences

記憶ランドスケープの変容——メディアアート体験の時間構造への拡張ベルクソン主義的アプローチ。IAMASの小林茂との共著

メディアアート経験が開く、三つの未完了の窓
  • メディアアートの保存は、機材や環境という技術の保存の問題として扱われてきた。しかし1996年の Light on the Net が示すとおり、当時の15秒の通信遅延をいま再現しても当時の経験は戻らない——保存すべきは技術定数ではなく、経験の時間構造である。
  • ベルクソンの運動記憶/純粋記憶の区別とMTS解釈から、鑑賞経験を三つの未完了の窓として分析する枠組みを提案する。見慣れない知覚が開く知覚の未完了(層1–2)、紋切り型の再認を超える探索的想起としての記憶の未完了(層2–3)、そしてランドスケープそのものの書き換えである実存の未完了。
  • 優れた作品は、慣れた運動記憶で参加者をなめらかに迎え入れたうえで、適度な逸脱によって窓を開く——The Legible City、Boundary Functions、teamLab Planets の三作でこの三段階を実地に分析する。
  • 忘れがたい作品の条件を、束の間の驚きではなく、参加後も持続する知覚・記憶ランドスケープの変容に見出す。アートの保存・再展示の実践に向けた道具立て。

2025・Bergsoniana 6 単著 Open Access

Is Bergson’s Theory of Memory Simulationist?

ベルクソンの記憶理論はシミュレーション主義か

純粋記憶の現実化——三つの解釈
  • 現代記憶哲学のシミュレーション説(ミカエリアン)とベルクソン記憶論は、言語も方法も異なる別々の系譜として扱われてきた。突き合わせてみると、想起の構成性、想像と想起の連続性、内容ではなくプロセスによる両者の区別という三つの核心で、驚くほど収束する。
  • そのうえで本論文の中心的提案。純粋記憶の現実化は、同じものが濃くなって現れる変身でも、記憶がイメージを産み出す因果的産出でもなく、示唆に導かれた模倣である——催眠術師の暗示というベルクソン自身の比喩を理論の中心に据える新解釈。純粋記憶は目標を指し示すだけで、構成の主導権は想起者の側にある。
  • 想起・想像・再認が共有する材料(汎用イメージ)が、記憶錐の諸平面における記憶どうしの干渉から形成されることを示す。ベルクソン版のエピソード構成システムの特定。
  • 逆に、シミュレーション説への問いも開く——個別の保存なしの想起を認めるとしても、汎用イメージを支える一般的な保存まで不要と言えるのか。保存概念の二分によって、両陣営の次の論点を立てる。

2025・Continental Philosophy Review 58(2) 単著

From Closure to Transformation: Bergsonian Dynamics of the Societal Landscape

閉鎖から変容へ——社会ランドスケープのベルクソン的ダイナミクス

社会ランドスケープの変容——個人の移動ではなく、地形の変化
  • 『道徳と宗教の二源泉』は、預言者や神秘家といった道徳的革新者の出現に重心を置いて読まれてきた。しかし革新者が現れるだけでは社会は変わらない——既存規範の慣性は、孤立した逸脱を中和してしまう。本論文は、見落とされてきた伝播の側の構造をベルクソンのテクストから再構成する。
  • まず閉じた社会を、諸個人の相互作用が織りなす自動的な均衡(アトラクタ)として読み、慣習の頑健性をルイス以来の慣習論・進化ゲーム理論(オコナーら)と同じ土俵に載せる。
  • そのうえで二つの問いに答える。少数の追随者の共鳴は、干渉によって中和されたまま存続していた深層の記憶が、革新者を触媒として脱中和される過程として。社会全体への拡がりは、知覚論と進化論から構成した社会ランドスケープの概念により、個人の移動ではなく可能性の地形そのものの再編として。
  • 規範の安定から転覆までを一つの動力学で描く、ベルクソン社会哲学の現代的再構築。System 0/1/2/3 の集合的認知の枠組みとも接続する。

2025・Artificial Life 31(4) 共著 Open Access

System 0/1/2/3: Quad-Process Theory for Multitimescale Embodied Collective Cognitive Systems

システム0/1/2/3——マルチ時間スケールの身体的・集合的認知システムのための四重過程理論。谷口忠大ほか、AI・ロボティクス研究者との共著

ベルクソン哲学における時間スケールの三つの軸(Figure 5) 図版:Taniguchi et al. 2025, Figure 5(CC BY 4.0)

  • 認知科学では、人の思考は速い直観(システム1)と遅い熟慮(システム2)の二重過程で説明されてきた。本論文はその下に身体と物質環境の過程(システム0)を、上に社会・文化の集合的過程(システム3)を加えた、四重過程の理論を提案する。
  • この拡張を支える理論的土台が、ベルクソンの時間哲学のマルチ時間スケール(MTS)解釈。持続の階層性を、認知システムの設計図として読み替える(Figure 5)。
  • その結果、物理の振る舞いから、習慣、熟慮、さらに規範や制度といった社会的な現象までを、異なる時間階層の挙動として一望できるようになる。
  • 哲学史研究が、現代のAI・認知科学の理論構築にそのまま持ち込まれた共同作業。

2024・Síntese: Revista de Filosofia 51(160) 単著 Open Access

Does Time Have a Speed? Time Qualia and Bergson’s Durée

時間に速さはあるか——時間クオリアとベルクソンの持続

運動の速さと二つの時間の速さ(TQTS・FQTS)の区別
  • 時間の哲学では、時間そのものの速さを問うことは無意味だとされてきた。時間は1秒につき1秒進むとしか言いようがない、という理由からである。本論文はこの前提を正面から問い直す。
  • 計測(M)と経験(Q)を、共通の入力を異なる判別空間へ写す二つの操作として区別し、計測される量に還元されない時間経験の質的成分を、時間クオリアとして定式化する。
  • そのうえで「時間が経つのが速い」の二つの意味を切り分ける。経過した間隔の見積もりと計測のズレ(TQTS)と、進行中の流れそのものの速さ(FQTS)。後者から、運動の速さと時間の速さは別々の二つのものではないという帰結が導かれ、ベルクソンの持続の多元論が現代の時間論で使える道具になる。

2025・Asian Journal of Philosophy 4(2) 単著

Memory as the Origin of the Past: A Developmental and Conceptual Refinement of the Dependency Thesis

過去のオリジンとしての記憶——依存テーゼの発達的・概念的精緻化

過去概念の二成分と獲得・喪失の非対称性
  • 昨日や去年といった過去の観念を、われわれはどこから手に入れたのか。エピソード記憶こそがその起源だとする依存テーゼをめぐっては、健忘症の事例などを根拠にした反論が重ねられてきた。
  • 本論文は、テーゼを一枚岩のまま守るのではなく、成分に分けるアプローチをとる。過去性の概念を、経験に由来する成分とそれ以外の成分のハイブリッドとして分析し、どの成分がどの発達段階で獲得されるのかを切り分ける。
  • この分解によって、既存の反例はそれぞれ別の成分・別の段階に向けられたものであり、テーゼの核心には届いていないことが示される。
  • 記憶の形而上学と発達心理学の知見を突き合わせる、英語圏の記憶の哲学の最前線への寄与。