世界は時間でできている

ベルクソン時間哲学入門(青土社、2022年)

著書
マルチ時間スケール(MTS)解釈によってベルクソンの時間哲学を再構成した入門書。紹介、目次、各章案内、装幀、正誤表。
公開

2022年7月25日

更新日

2026年8月16日

『世界は時間でできている ベルクソン時間哲学入門』書影

平井靖史『世界は時間でできている——ベルクソン時間哲学入門』

青土社、2022年7月25日刊
四六判/ISBN 978-4-7917-7488-3
定価3,080円(本体2,800円)

青土社の書籍ページ

関連ページ:書評考察記事反響とメディア

本書について

ベルクソンの哲学は意識・自由・生命進化・知能・習慣・創造性と多岐にわたるテーマについて魅力的だが「難解」な議論を展開しています。その難解さの多くの部分は、彼が時間の哲学者として根底に据えている時間概念が、そもそも十分に解明されていないところから来ていると考えています。

PBJにおける『物質と記憶』の集中的な再検討においても、彼の「持続の多元論」のアイデアは中核的なものとして何度も争点になりました。このアイデアを、できるだけ現代的・中立的な用語のもとで再構成したものがマルチ時間スケール(MTS)解釈です。これにより、従来全体像の見えにくかったベルクソン哲学のさまざまな論点を一から再フレーミングすることが可能になります。

異なる時間階層のあいだの隔たりのおかげで、単なるドミノ倒し的な順次的決定とは違う時間の作用、「折り合い」モデルの「未完了相」が開かれます。そこでは諸瞬間が相互に一種の「借り決め」を許すような状態に置かれており、その全体の競合とすり合わせの中から作用の落とし所を見つけていく独特のプロセスが生じます。

こうした彼の時間理論と、空間の再定義に関わる運動記憶の二つがどのように「掛け合わされ」るかによって、意識や知能をはじめとする現代的な問題の多くが新しい観点から捉え直されることを示すのが本書の特徴です。

文系・理系を問わず、時間と意識や心の問題に関心を持つすべての人に手に取っていただきたい、そしてこれを「たたき台」にして、さらなる議論をしたいと考えています。

『世界は時間でできている』帯付き書影

MTS(マルチ時間スケール)という考えを、この名前のもとで表現し始めたのは『〈現在〉という謎』に収めた「「スケールに固有」なものとしての時間経験と心の諸問題——ベルクソン〈意識の遅延テーゼ〉から」(第6章)だったかと思います。この論文についてのレビューとして、ルジャンドルさんのブログ(ルジャンドルの読書記録)内の記事があります。

目次

章題
序章 時間哲学入門——計測の時間と体験の時間
第1章 時間で解くクオリアの謎——物質の時間と意識の時間
第2章 どうすれば時間は流れるのか——現在という窓
第3章 過去を知る——時間と心
第4章 身体とシンクロする世界——運動と知覚
第5章 空間を書き換える——折り畳まれた時間
第6章 創造する知性——縦糸の時間と横糸の時間
第7章 時間と自由

各章案内

序章 時間哲学入門——計測の時間と体験の時間

時間に取り組む上での基本的な視座として、意識主体という存在を世界の外から世界に対峙する存在としてではなく世界の中に組み戻すことで、「体験」というものを計測(いわゆる空間化された時間)と乖離させないかたちで議論できるフォーマットづくり。

第1章 時間で解くクオリアの謎——物質の時間と意識の時間

MTS(マルチ時間スケール)という時間の捉え方についての概略。

扱う範囲:物質の相互作用の時間単位〜人間の最小時間単位(時間分解能)。

クオリアについてのベルクソンの論点を「三つのチェックリスト」で明示した上で、彼の「多様性」概念を、「識別可能性空間」として捉え直しています。

コラム 単位以上と単位以下は、従来の時間の捉え方との違いを「単位」に対する視座の位置により明確化しました。ブオノマーノにも言及しています。

第2章 どうすれば時間は流れるのか——現在という窓

扱う範囲:人間の最小時間単位(10-3-2秒)〜現在の窓(100秒)

人が直観的に認める現在の特別さが何に起因するか。いわゆる「現在という謎」について、「未完了相」・「時間的内部」概念を導入して論じます。

未完了相という言葉を言葉に留めず、その内部メカニズムを描く「試み」です。

この章の二つのコラムと三章末尾のコラムでは、現代の時間哲学と、どの点で異なるかを示しています。

第3章 過去を知る——時間と心

扱う範囲:現在の窓(100秒)〜人生スパン(10910秒)

人格という存在の時間的位置づけ。記憶の「素材」の確保。

記憶がなぜ哲学の問題になるかという点について、できるだけ明示的に論じました。存在だけでも認識だけでもない、両者を内在的に繋ぐ説明が課題です。

コラム 純粋記憶の不可侵性解釈とMTS解釈は、従来解釈との違いを示しています。

第4章 身体とシンクロする世界——運動と知覚

扱う対象:ベルクソンの認識論。直接知覚とイメージ投射の理論。

身体による運動性を重視したハイブリッド認識論を概説します。

アフォーダンスやエナクティブなアプローチにも繋がる議論です。

コラム ベルクソンの拡張された自然主義は、誤解されがちなベルクソンと自然主義の関係について論じました。

第5章 空間を書き換える——折り畳まれた時間

記憶(過去がわかるとはどういうことか)と同型の、「遠くが見えるとはどういうことか」という問いが直接知覚説の鍵だと考えています。

そしてそれは、進化スケールでの運動記憶(反復と更新)によって世界との間になされた「水路づけ」(canalisation)なしには成り立たないことを示しました。

一見抽象的ですが、相互作用そのものが試行錯誤を通じて、空間の範囲・要素・類似・距離といった全特性を確定していくと彼が考えた道筋を初めて描きだしたものです。

もう一つの時間、もう一つの過去として、影に隠れがちな運動記憶の不可欠な貢献がどこにあるかを明らかにしたのも本書の特徴と言えると思います(例えば運動の不可分性)。

第6章 創造する知性——縦糸の時間と横糸の時間

二つの時間の「掛け合わせ」から、意識の発生、素材からのイメージ構成、想起のメカニズム、探索的認知などを作るフェーズです。

特に意識の発生を扱う第一節では、中和・脱中和モデルを例に、(必ずしも知能の直観に沿わない)「自然の機械工学」という彼の見方がよく表れていると思います。よく言われる「減算説」が最終的な水準の説明になっていないことも明示しました。

想起についても、純粋記憶の(一見直観的な)「変身説」を退け、「模倣説」を彼がとること、その根拠を明確化しました。

第7章 時間と自由

20年前の拙訳『意識に直接与えられたものについての試論』解説での「表現としての自由」論だけでは見えてこない、決定論に対するベルクソンの絶妙な位置取りについて焦点を当てました。青山拓央さん(『時間と自由意志』)の問題提起を引き受けています。

(未完了の未決定性があるため実際に決定論の立場ではないですが)実はある意味では「決定論でもかまわない」ような立論になっているという点です。そこから、「コラム 現実の自然こそが最速の演算である」で書いたように、事象の複雑性のレベルに応じて「予測という自然現象」自体の限界が定まるという、原理的な見方が導かれうるように考えています。

装幀について

自然がその言葉を紡ぎ出しつつある姿を感じさせる素敵な装幀は今垣千沙子さんの手になるもの。

本文に二つの時間が「お互いを追いかけ合うようにして」という論述があるのですが、それさえ思わせるような。

装幀写真1

装幀写真2

装幀写真3

目次も同じく今垣さんによるデザインです。端正でありながらリズムがあってため息が出ます。ありがとうございます。

目次デザイン1

目次デザイン2

正誤表

ご指摘くださった皆さまに御礼申し上げます。

二刷(2022年8月)で修正

ページ 箇所
017 注8 谷口(2019) 谷村(2019)1
030 後ろから4行目 (ベルクソン…) (ベルクソンの時代には今ほど流通していなかった)2
093 11行目 「純粋状態」とは 「重ね合わせ状態」とは3
364 4行目 岩田直也さん、 岩田直也さん、ジミー・エイムズさん、4
XI 見出し 谷口省吾(2019) 谷村省吾(2019)5

三刷(2022年10月)で修正

ページ 箇所
013 最後の行 主観的知覚 主観的時間6
064 図5上部 脳のとりうる諸症状 脳のとりうる諸状態
064 図5上部 意識のとりうる諸症状 意識のとりうる諸状態
136 真ん中の段落 外から眺めていく人 外から眺めている人
188 図4 実践矢印 実線矢印7
189 後ろから5〜4行目 由来しいる 由来している8
190 後ろから4行目 被表象関係にあいだに 被表象関係のあいだに9
199 最後の行 表象を開いた認識 表象を用いた認識
348 5行目 確かにそこには注意・想起が そこには注意・想起が
351 後ろから3行目 未定論 決定論

四刷(2022年12月)で修正

ページ 箇所
024 5行目 並走 併走10
030 後ろから5行目 一九七〇年台 一九七〇年代11
033 後ろから3行目(括弧内) 時間量 時間長
035 注33 同箇所でベルクソンが論じているのは、もう少し発展的な事例である ある箇所でベルクソンはもう少し発展的な事例を論じている(DI 97[146-147])。12
053 図1 抽象概念 抽象観念13
066 後ろから5行目 図4の 図6の14
083 図9 体験(現像面) 体験(現象面)15
103 注7 6章「コラム 意識の多義性」で 6章1節で16
292 6行目 階層1の物質 階層0の物質17
VIII 7行目 199-219. Sinclair, M. 199-219.(改行)Sinclair, M.

五刷(2023年7月)で修正

ページ 箇所
071 後ろから1行目 引き伸ばされる 引き延ばされる
077 注31 彼はすでに『試論』から拍子・尺度(mesure)の問題を視野に入れている。 トル
103 注5 引き伸ばし 引き延ばし
172 8行目 引き伸ばされない 引き延ばされない
236 3行目 時間的拡張が 時間的拡張と
349 6行目 外因性(2箇所) 外在性(2箇所)18
II(索引) ジャンケレヴィッチ、V 127 127, 357

六刷(2024年11月)で修正

ページ 箇所
029 注24 パードン バードン
111 後ろから7行目 時間に非実在 時間の非実在
136 最後の行 逆行マスキング 逆向マスキング
139 後ろから6行目 直線上の時間 直線状の時間
304 図8右 階層1:体験質 階層1:感覚質
364 8-9行目 カーケン・マイケリアン クルケン・ミカエリアン

七刷(2025年5月)で修正

ページ 箇所
106 問屋が降ろさない 問屋が卸さない

未修正

ページ 箇所
321 バッググラウンド バックグラウンド19

脚注

  1. 谷村先生、失礼致しました。志水克大さん、ご指摘ありがとうございました。↩︎

  2. ジミー・エイムズさん、ご指摘ありがとうございました。「クオリア」の語は、実際には「1860年代にPeirceが(現代に近い意味で)使い始めた用語」でした。↩︎

  3. ジミー・エイムズさん、ご指摘ありがとうございました。「クオリア」の語は、実際には「1860年代にPeirceが(現代に近い意味で)使い始めた用語」でした。↩︎

  4. ジミー・エイムズさん、ご指摘ありがとうございました。「クオリア」の語は、実際には「1860年代にPeirceが(現代に近い意味で)使い始めた用語」でした。↩︎

  5. 谷村先生、失礼致しました。志水克大さん、ご指摘ありがとうございました。↩︎

  6. 古谷幹人さん、ご指摘ありがとうございました。↩︎

  7. 生活さん、ご指摘ありがとうございました。↩︎

  8. 生活さん、ご指摘ありがとうございました。↩︎

  9. ラファ鉄さん、ご指摘ありがとうございました。↩︎

  10. 古谷幹人さん、ご指摘ありがとうございました。↩︎

  11. 古谷幹人さん、ご指摘ありがとうございました。↩︎

  12. 古谷幹人さん、ご指摘ありがとうございました。↩︎

  13. 古谷幹人さん、ご指摘ありがとうございました。↩︎

  14. 古谷幹人さん、ご指摘ありがとうございました。↩︎

  15. 古谷幹人さん、ご指摘ありがとうございました。↩︎

  16. 阿部匡輔さん、ご指摘ありがとうございました。↩︎

  17. 中村康夫さん、ご指摘ありがとうございました。↩︎

  18. 青山拓央さん、ご指摘ありがとうございました。しえるさん、ご指摘ありがとうございました。↩︎

  19. 森田真生さん、ご指摘ありがとうございました。↩︎